Street Classics Of New Balance
3つの証言から紐解く。 ニューバランス「MT580」が ストリートクラシックたる理由。

- FEATURE

「MT580」というモデルは名作ひしめく〈ニューバランス〉の、いや、スニーカー史の中でもとりわけ重要な存在だ。かつて東京から世界各地に波及したあの熱狂を、きっと古参のキックスファンなら覚えていることだろう。しかし、’96年に登場したこのオフロードランニング用モデルが日の目を見たのは、実は発売から数年が経ってからだった。昨今では当たり前になったコラボレーションというアプローチの先駆けになった記念碑的な型番。数年ぶりの復刻を果たすこのタイミングで、その魅力をよく知る3人の識者が語る「MT580」の特異とは。第1回目は、件のコラボのキーマンでもあったミタスニーカーズ、国井栄之さんに話を訊く。

  • Photo_Masashi Ura
  • Text&Edit_Rui Konno

ワゴンセールのMT580を買っていったのが NYCのスケートチームだったんです。

「MT580」について語る上では、やはり”ミタ・ヘック”というキーワードが出てくるということで、まず国井さんにお話を伺いに来ました。そもそもあのコラボレーションはどうやって始まったんでしょうか?

国井経緯としては元々「MT580」を’97年ぐらいに、ミタがインラインのものをワゴンセールで売ってたんですよね。 値段は忘れちゃいましたけどサンキュッパとかヨンキュッパとか、そのぐらいで。当時の定価が確か1万円台前半でした。元々はMade in U.S.A.で585っていうモデルがあって、それの日本改良品番として「MT580」というのができて。

セールですか? 人気で売り切れ、とかではなく?

国井はい。ファーストカラーはアースカラーの2色で、当時、ミタのスタッフ内や近しい人達の間で身内流行りしていて履いてたんですけど、他ではあんまりだったみたいで...。メーカーにも在庫が大量に残ってたからそれも特価で仕入れさせてもらって、ワゴンセールで売ってたんです。でも、ある時明らかに一般の観光客とは異なる海外の人たちが来店されて、ワゴンセールの「MT580」を買っていったんです。蓋を開けてみたら、それがニューヨークの〈シュプリーム〉チームだったんですよ。コラボレート10周年のタイミングで真柄(尚武)さんと対談させて頂いた時に初めて聞いたので後から知ったんですが...。彼らがミーティングを兼ねて〈ヘクティク〉の所に来ていて、「日本でスニーカーを買うならどこがいい?」って聞いた所、真柄さんが「上野に行ったら面白いのがあると思うよ」って言ってくれたそうで、それでたまたまミタにも来てくれたみたいです。

そんなエピソードがあったんですね!?

国井それで、彼らがまた原宿に戻って「良いモノ買えたよ」みたいに話をして、真柄さんたちも「それヤバいね!」みたいになったらしくて。そんなタイミングで、ちょうど〈ヘクティク〉がお店をリニューアルするっていうことになって。当時アパレルとかのセレクトはやられてましたけど、「全身やりたいからシューズもピックして置きたいんだよね。在庫あるだけ買っていい?」ってYoppi(江川芳文)さんから連絡を貰ったのが最初です。

ここでようやく〈ヘクティク〉と「MT580」がしっかり繋がりましたね。

国井Yoppiさんもよく言っている通り、MUROさんが履いていたっていう影響もすでにあったみたいで。僕らとしては元々、身内流行りしていた所に真柄さんの勧めで〈シュプリーム〉のチームが買いに来たっていう風に、結構人によって見ている部分が微妙に違ったんですよね。

火種が各所にあった感じだったんですね。

国井そうですね。だからこそ、最近の作られたトレンドとは違って、それぞれが勝手にイイと思って向き合ってた感じです。その後、ちょうど他社でも僕がSMU(スペシャルメイクアップ)みたいなものを始めていた頃に、ちょっとズレたくらいのタイミングで〈ニューバランス〉からも同じようなオファーが届いたんです。それで、〈ニューバランス〉で何をやろう? って思ったんですけど、「どうせだったら好きなものでやりたいよね」っていうことで「MT580を!」ということになって。だったら真柄さんやYoppiさんに相談しようと思って連絡を取ったら、向こうも「MT580で」と言ってくれたので、それを〈ニューバランス〉にプレゼンしに行ったんです。

聞いているだけでもちょっと緊張してしまいそうな状況ですね。

国井当時僕は20代前半ぐらいで、〈ニューバランス〉の会議室で大人の人たちがいっぱいいる中で「〈ヘクティク〉とは」みたいなことをプレゼンさせられました(笑)。それでも辿々しいプレゼンと青二才の根拠のない話に耳を傾けてくれる大人っていうのが必ず何人かいて、そういう方たちが「とりあえず、やってみよう」って。そうなると物事は急に進展するんです。その頃はコラボレーションなんていう定義もなかったし、何より前例がなかったからメーカーさんも僕らもヘックチームも、全てが手探りでのスタートとなりました。

そのコラボが後にシリーズ化していたと思いますが、最後は何弾まで続いたんですか?

国井えーっと…20弾ですね。復刻まで含めるともっとなんですが、その頃はそんなに続くなんて誰も思ってなかったです(笑)。「MT580」のコラボに関してはPKみたいで、「今回誰蹴る?」って感じでしたね。で、第1弾は真柄さんとYoppiさん、第2弾はYoppiさんで、第3弾は真柄さんが手掛けて…って順番が回ってくるような形で。ミーティングして「こうして行こう」っていうようなこともなく、キッカーが自分の蹴りたいように蹴るっていう。

じゃあ、アイデアに関しては毎回スムーズに決まったんですね。

国井そうですね。今、思い返すと基本的にはサンプリングっていうキーワードがミタ・ヘックの「MT580」にはあって、一番最初はオリジナルカラーの素材をアップデートしたものだったし、第2弾のトリコロールは当時トリコ配色のスニーカーが身内流行りしてたからそこからインスピレーションを得て作られたり、カーゴパンツやミルスペックに注目してたからミリタリーテーマの物が出来たり。カラーの当て込み方はそれぞれのセンスや感覚なんですけど、どれも元ネタやストーリーはきちんとあって…っていうのがストリートブランドらしいデザイン昇華であったと思います。だから、それぞれのキッカーが蹴った後にそれを見て「あ!これってアレだ!」っていう風になってニンマリするっていう。

国井さんが保管している、ニューバランス×ヘクティク×ミタスニーカーズのトリプルコラボ第1弾のプロトタイプ。製品版とは内外のディテールに微妙な違いが。

ニューバランスは変なバイアスをかけず
僕らが表現したいようにさせてくれた。

実際にそれが世に出た時の反応はどうでしたか?

国井当時はまだまだオンライン販売の黎明期だったので、第1弾は店頭にサンプルを飾って予約を取ってたんですよ。逆に販売が終了してから日に日に反響が大きくなり、第2弾が出る頃にはもう抽選販売を始めて。今でこそ抽選販売って当たり前ですけど、当時はスニーカーの抽選販売なんてどこもしてなくて「横柄な売り方するな」、「店が客を選ぶのか」みたいなクレームもたくさんありました。本当に欲しいと思っている方々に対しての策だったんですけど、徹夜の先着順が当たり前の時代でしたし、新しいことをするのはやっぱりいつの時代でも…(苦笑)ミタはコラボのイメージが強いかもしれませんけど、本来はスニーカーの小売でメーカーさんから仕入れた商品をその時の最善の方法で販売するっていうのが基本。なので、散々今までやってきたコラボレーションの歴史が販売方法の模索の歴史でもあったりするんです。

そのきっかけが「MT580」でのコラボだったと。コラボもそうですが、アジア企画の〈ニューバランス〉がそういった熱狂を引き起こしたという意味でも重要なタイミングだったんじゃないでしょうか?

国井そうですね。ミタ・ヘック10周年を前に日本改良品版として生まれた「MT580」がグローバルインラインとして2009年の秋から展開されることになったんです。「COMING to AMERICA」のタイトルで大々的に告知され、〈ヘクティク〉や「ミタスニーカーズ」のことを世界できちんと語ってくれたんです。それまでも、〈ニューバランス〉はコラボが売れたからってすぐインラインで復刻させて、とかっていう販売方法を10年近くも取らずに、逆にエクスクルーシブ品番みたいな形で留めておいてくれたんですよね。

英断ですね。コラボで人気が出たら、インラインでもと欲が出てしまいそうなものですけど。

国井はい。売れてすぐバリエーションを増やして、みたいなことは一切せずに守ってくれたというか。逆に言えば、「最初は失敗したシューズをここまで持ち上げてくれた」っていうことに対してリスペクトを持って接してくれていたように思います。僕らは逆にチャンスを頂いただけなのにって気持ちでしたが。その後、グローバルでも展開されますとなった時にはそんなバックボーンもあり、もちろん快諾でした。

すごい、まさにシンデレラストーリーですね。

国井そういうリアルな歴史を端折って、都合のいい風に伝えられてしまうケースも多いと思うんです。例えば「当時、ワゴンセールで売られていた」とかっていうのも他のブランドの話でそれを喋ったらその部分の発言は消されちゃう場合もあって。イメージを良くしたいから、「当時から人気でした」とか、「知る人ぞ知る」、みたいな薄っぺらいワードで語られちゃったり。でも〈ニューバランス〉は変なバイアスをかけずに僕らが表現したいようにさせてくれたし、その当時はルールが定まり切ってはなかったとは言え、やっちゃいけないことも線引きみたいなものがたくさんあった中で、当時企画に携わっていた方々はそことも戦ってくれましたしね。

素敵な話ですね。ちなみにミタスニーカーズの皆さんの中で最初に「MT580」が盛り上がったのは、やっぱりデザインが理由ですか?

国井いや、カテゴリーですね。〈ニューバランス〉の言い方で言うとオフロードランニング、平たく言うとトレイルランニングっていうカテゴリが。その前にAT(オールテレイン)800というMade in U.S.A.のトレイルランニングモデルがあって、それを僕らが履いてたんです。で、ニューヨークの知り合いとか友達とかも街の中でトレイルランニングのシューズを履くっていうテンションになっていて。ほぼ同時期ですけど、その延長線上に「MT580」も入っていました。 身内はみんな履いてるけどほとんどの人にとってはどこで買える靴かもわからないっていうような状態で。当時はインターネットもほとんどなかったし、ヘックがセレクトした時もそこまでバズったかと言えばそうではなくて、ニュートラルに物を見れる人たちがチョイスしていたっていう感じだったと思います。

でも、そういう伝わり方や選び方が本来正しいはずですよね。

国井そうですね。当時は履いてて「何それ!?」っていうのにテンションが上がっていたというか。みんなスニーカーが好きだけど、そういう人たちですら知らない靴を履きたいっていう気持ちが当時からあって。今でいうスニーカーヘッズの会話だと「あ、それ買えたんだね」とかってなると思うんですけど。

なるほど。改めて復刻された「MT580」を見たご感想はいかがですか?

国井今回はソールユニットにロールバーを復活させていて より忠実な復刻に見えるんですが、実はスタンダードな「SL-1」ラストを採用し、モダナイズされています。コンフォータブルな履き心地を高めながら、より今のムードに合うシルエットになったなと思います。例えば洋服で’80s、90sのリバイバルがあってもなかなか当時の服をそのまま引っ張り出しては着られないじゃないですか? やっぱり当時のサイジングというのがあるから。この「MT580」にも、そういう理由での微調整はすごく細かく入っています。足入れが良くなったトウボックスまわりも絶妙ですし、ミッドソールのボリューム感も最適かと。

ちゃんとオリジナルへの敬意は感じられるアップデートですね。

国井そうですね。特にアジア圏では軽さやクッション性の良さを求める傾向が強いから、前回の復刻の時にはソールフォームにレブライトを採用していたんですが、僕らはロールバーを使ったオリジナルの「MT580」を何十年も履き続けてきたから、本心としては「ロールバーのMT580が履きたいのに…」ってずっと思い続けてきたんです。今はフォームも進化してきているからわざわざパーツを埋め込まなくても履き心地は担保できちゃうんですけど、今回は進化したフォームにロールバーを搭載したことで、さらに良くなってる。シルエットもオリジナルと見比べないと分からないぐらいのバランス修正で、ルックスをキープしながら履き心地が上がっているっていうところがベストだなと思います。

あのコラボレーションが無かったら
今の自分は絶対に無い。

このロールバーというのはどういう機構なんでしょうか?

国井ロールバーは三次元のTPUやグラファイト素材をポイントに装備し、かかとの動きを抑えて安定感をもたらすっていうものです。そもそもがオフロードランニング用なので、悪路を走ってる時に足の動きをサポートするっていう役割ですね。でも、やっぱり僕らも懐古主義ではないし、温故知新ぐらいのテンションでありたいと思っているので。よくいろんなスニーカーで「歴代のシリーズで何が一番いいですか?」って聞かれたりするんですけど、必ず「僕は最新作です」って答えるようにしています。ただの復刻だったら別に今更…と思ってしまうので。

記憶されている限りで、機能面について今作と当時のモデルでは履き心地にも違いはありますか?

国井はい、一番はフィッティングと軽さですね。今回の復刻で足をちゃんと入れたのは実は今日が初めてだったんですけど、「軽っ!」っていうのが最初に感じたこと。元々“MT580は重い”っていう認識があったんですけど。大事なことだと思いますよ。ただの復刻は模倣みたいなものなのでオリジナルには結局勝てないし、特にスポーツブランドは進化が絶対だと思うので。

MT580 OG2 ¥18,700

本来それが一番ピュアなものづくりですよね。本心で良い、フレッシュだと思えることが。

国井自分たちがアガらないものを世に出すことほどしょうもないことはないと思いますしね。 昔はノリでやってたのに、年を取ってから賢そうに「マーケティングが〜」とか「戦略が…」、とか言う人もたくさんいますけど、僕らにはそんなつもりはさらさらないです。

楽しかった頃の初心を忘れちゃうのは悲しいですね。そういう意味では、ミタ・ヘックの「MT580」は国井さんにそれを思い出させてくれるんじゃないですか?

国井そう思いますよ。真柄さんやYoppiさんを始め、当時携わった方々との出会いがあったからこそ今の自分の仕事もあるし、あのコラボレーションが無かったら今の自分は絶対に無いので。

それだけ重要なモデルだったんですね。最後に、国井さんやミタスニーカーズの今後の動きについても少しだけ、聞かせていただけますか?

国井「MT580」がこういう風にフィーチャーされているから、「何かしらやってくるんだろうな」っていう期待を持たれてる方もいらっしゃると思うし、濁してもしょうがないと思うので「何かしらはやります。楽しみにしていてください」とだけ言っておきます(笑)。今回は僕が喋っていますけど、然るべきタイミングでは大先輩たちがそれぞれの視点から、「MT580」を語ってくれるんじゃないでしょうか。

国井栄之
1976年生まれ、東京都出身。上野・アメ横の老舗スニーカーショップ、ミタスニーカーズのクリエイティブディレクター。数々のスニーカープロダクションやブランディングに携わってきた、今日のスニーカームーブメント隆盛の立役者のひとり。20歳の入社以降、多くの名品を生み出してきたが、その初期の代表例が「MT580」をベースにした「ミタスニーカーズ」と今はなき〈ヘクティク〉、〈ニューバランス〉による3者のコラボレーション。