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“1000点満点で、990点”。〈ニューバランス〉990をあらわす有名なキャッチコピーです。「990」が生まれたのは1982年。時間と費用に妥協せず、技術的に可能な限り最高のランニングシューズを開発するという、いわば当時の力を結集して生み出されたマスターピースなのです。時代の変化のなかでその基準を常に上方修正し続け、2019年4月末には、現時点の「990点」であるV5がリリースされました。かねてから〈ニューバランス〉を愛用する高木新平さんは、株式会社ニューピースの代表として様々な企業のブランディングやメッセージングを行うほか、ブランド〈オンファッド〉のディレクターを手がけています。ブランドとプロダクトのプロフェッショナルだからこそ気づく、〈ニューバランス〉と「990」の魅力について語ってもらいました。
Vision Architect / NEWPEACE代表。博報堂から独立後、よるヒルズ・リバ邸などを全国に立ち上げ、シェアハウスムーブメントを牽引。ネット選挙解禁を実現した「ONE VOICE CAMPAIGN」を主導。2014年の東京都知事選では、SNSをフル活用した新しい選挙戦を展開し、話題に。2015年、NEWPEACE創業。シェアリングエコノミー、自動運転、SDGs、LGBTなど、様々な社会文脈から“VISIONING”を仕掛けている。
以前からニューバランスを履かれていて、雑誌で取り上げられたこともあるそうですね。
高木編集の知人に声をかけられて、取材を受けました。2013年くらいかな。「1300」を履いていました。ラルフローレンが言った“まるで雲の上を歩いてるようだ”というコピーが好きで選んだことを覚えています。とにかく、人間の足を理解していると思うんですよ。スニーカーって、意外とシーンを選びます。たとえばハイテクのランニングシューズは軽いけれどずっと履いていると疲れるし、ローテクは安定感はあるけど重くて動きにくい。〈ニューバランス〉はどちらの魅力も併せ持っていて総合力が高く、とにかくバランスがいい。クオリティに信頼があるからこそ、こどもには〈ニューバランス〉ばっかり履かせてます。歩き方の癖もつかないだろうなって。
たしかにランニングに著しく特化したモデルは、日常生活の動作の中ではストレスを生むこともありますね。「1300」をそれからずっと愛用しているんですか?
高木「一生履く」って当時は話していたんですけど、流行りすぎて人とかぶるようになって、一時期離れていたんです。最近はブームも落ち着いて、また履きたいですよね。僕にとって〈ニューバランス〉は流行を追って選ぶブランドではなくて信用で選ぶもの。なかでも「1300」は、〈チャンピオン〉のリバースウィーブや〈リーバイス〉501のような殿堂入りの逸品だと思っています。
企業のブランディングなどを手がける高木さんは、ニューバランスのブランドイメージをどのように捉えていますか?
高木“ザ・ブランド”です。ブランドって、過去の資産があって、それによって信頼を積み上げていくもの。時間と近い概念なんです。ブランドとは歴史そのもので、偉大なる人々が履いたストーリーがあって、しかも変わらない魅力を放ち続けている。どんどん変化することが魅力になる場合もあるけれど、〈ニューバランス〉はそうではなくて、マスターピースとしての強さを持っていると思います。
なるほど。だからこそ、2010年代の記号的な流行が、高木さんのイメージとはかけ離れていたのかもしれません。
高木オーセンティックの流行という、ねじれた現象でしたね。機能ウェアやノームコア・スタイルの流行と強く結びついたのだと思います。デザインは機能に従う、という言葉もありますが、ファンクションを追求することがラグジュアリー至上主義へのカウンターカルチャーになっていたんですよね。ITの文脈とも接続して、〈ニューバランス〉はその象徴になったのでしょう。
ここ数年続く、ダッドスニーカーの流行にも影響を与えているように思います。
高木実際にハイブランドが参照していたのかもしれません。機能を追求した結果がラグジュアリーの象徴になるって、不思議な現象ですよ。マーケットに迎合しないことがマーケットを動かしたわけだから。〈ニューバランス〉のハイエンドモデルは、決して安い価格ではないけれど、そこにも必然性があって、納得させるだけの理由がある。
「990」は「1300」と並ぶブランドの象徴的な一足ですが、実際に履かれてみていかがでしたか?
高木自分で選んだことはなかったんですけど、いいですね。「1300」よりもスポーティな履き味でした。走りたくなるけれど、安心感もある。僕は基本的に黒くて動きやすい服を選ぶんですけど、それにもよく合います。明日から出張に行くので、このまま履いて帰りたいですね(笑)。
出張や旅行に行く際は、どういった基準でスニーカーを選びますか?
高木次の行動が予測できないときって、靴を選ぶのがなかなか難しいんです。会社へ行って家へ帰るだけの1日だったら何を履いていてもいいけれど、出張や旅行のときって、状況が常に変化する。そういうときに安心して選べるスニーカーは珍しいですね。明日(4月末)からはハンガリーとエストニアに行くんですけど、本当にこのまま履いて行きたくなってきた。8日間の旅程ですが、荷物はリュック一個分くらいしか持ちません。一泊二日なら手ぶらでいくし、最近はパソコンも持たないんですよ
パソコンも!?
高木可能な限り、スマホで仕事しています。そのほうがラクじゃないですか。今日も手ぶらですね。
そういったスタイルを選ぶのは、どうしてなのでしょうか?
高木面白いチャンスがあったときに迷わず飛びつけるようにしておきたいんです。旅先のクラブで踊るかもしれないし、不思議なものがあったら手に触れてみたいし、美味しそうだったら食べてみたい。手が塞がっていたり、荷物が多いと、行動が制限されてしまうから、無駄なものを極限まで削ぎ落としたいんですよ。最近、アドレスホッパーという家に定住しない人たちも増えてきていて、僕自身は家族がいるからそういう生活はできないけど、共感するところはありますね。
アドレスホッパーとは、定住をせず、ホテルやエアビーを用いて転々とする生活ですよね。想像しにくいのですが、実際にどのようなライフスタイルなのでしょう。
高木生活に必要なものをバックパック一個におさめて、インフラを最大限活用して生活するんです。バスタオルとかはホテルにあるし、必要なものはコンビニで手に入る。普段は手ぶらで、保管しておきたいものはサマリーポケットに入れておく。モノと人との関係はどんどん変わっていますね。
なるほど。WiFiさえあれば仕事できる、ということですよね。どういった服や靴を選ぶんですか?
高木アドレスホッパーの人って、どこまでがアウターで、どこまでがインナーっていう区別がないんですよ。どこでも外であり、家であるという。彼らにはメリノウールが人気です。乾燥しやすくて、においがつきにくいことが重要なんですよね。一方、化学繊維のシェルは、外と内を切り替える人の発想なんです。家の中でくつろぐときには着たくないじゃないですか。僕らが手がけているブランド〈オンファッド〉は、今後バッグのあり方を定義し直して、よりミニマルなライフスタイルを提案していきたいと思っています。
なるほど。〈オンファッド〉のプロダクトで印象的なのはレインソックスです。アトモスとコラボレーションして即完売していましたね。
高木レインソックスも、アドレスホッパーから好評なんですよ。彼らは基本的に靴を一足しか持たないから、できるだけ濡れないようにしたい。靴って乾きづらいし、濡れると身動きがとれなくなる。ホッピングで一番辛いのはスニーカーをいっぱい持てないことだって言ってました。だから靴を雨から守るレインソックスが好評だし、スニーカーを選ぶならさまざまなシーンで活用できる〈ニューバランス〉がいいんですよね。
たしかに、〈ニューバランス〉は持たないライフスタイルにもフィットするのかもしれません。でも、持たないためのモノって、売れるのか売れないのかわからないですね(笑)。
高木ああ、たしかに(笑)。ただ、これから〈オンファッド〉は、闇雲に手を広げるのではなく、文化をつくっていきたいと思っています。新しいカルチャーやライフスタイルを後押しして、牽引する存在でありたい。いつか、〈ニューバランス〉のような実直で機能的なマスターピースを生み出せたらいいなと思いますね。