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「然るべきタイミングでは大先輩たちがそれぞれの視点から、『MT580』を語ってくれるんじゃないでしょうか」。ミタスニーカーズの国井さんがそうつぶやいたのが昨秋のこと。とかく色んなストーリーが付いて回る〈ニューバランス〉のオフロードランニングモデル、「MT580」の数年ぶりの復刻がにわかに話題になり始めた、まさにその時でした。そこから1年近く時間は流れ、伏線は不意に回収されることに。
国井さんが“大先輩”と敬う二人、真柄さんとYoppiさんが携えていたのは、まだ誰も見たことの無い、それでいてどこか既視感も覚えさせるゴアテックス仕様の真っ黒な「MT580」。20年以上の付き合いになる彼らが交わす言葉が浮き彫りにする、この新たな1足の価値と、それが生まれた必然とは。
この鼎談は、去年フイナムで行った国井さんへのインタビューの続編に近いものでして。最初にお聞きしたいんですが、あの次点で今回の企画の全貌は見えていたんですか?
国井ほぼ出来上がってました。あとは微調整したぐらいですね。最初にこの話をいただいたのが2020年とか、確かそのくらいで。
江川その時は「え? いいんですか!?」って、目をひん剥いて言いました。前回から、だいぶ間も空いてたし。
今回どういうオファーがあってこの「MT580」ができたのか、改めて訊いても良いですか?
国井ザクっと言うと、「580」がグローバルでのフォーカス品番になって、そのタイミングでひとつプロジェクトをやってもらいたいというのが〈ニューバランス〉からの案として出てきまして。もともと「580」って1996年に登場したモデルなんですけど、そのオリジナルの「580」ではなく2000年代のコラボレーションのムーブメントのテンションで、再度OGに集まってもらって原点回帰をテーマに次世代に再提案して欲しいと。そのタイミングでご一緒させてもらえないかというお話を、お二人にもシェアさせて頂きました。
真柄こっちとしても嬉しかったというか、ありがとうございますという感じで。
国井7年前の20周年はトリコロールカラーでつくらせてもらったんですけど、それはお互いにデザインを出し合って、そのなかで絞っていった感じだったんです。で、「今回はどうしましょう?」となったとき、最初はコロナ禍真っ只中だったのでテレカンでやってたんですけど、なんせ話のテンポが上がらず、「直接会った方が早いですね」となって。この三人と〈ニューバランス〉の方とで集まって、「最近どう?」みたいな雑談ができてからプロジェクトが進行し始めた感じです。
なるほど。しかし、こうして過去のアーカイブを改めて見ると壮観ですね。
江川復刻前に最後にやったのがこのレブライトのだっけ? その前がこのグラデのだった気が…。
国井そうですね。でも、「MT580」のコラボシリーズは何か明確なゴールを目指してたわけではなくて、その都度、それぞれがやりたいことをやってきただけ。マーケティングプランに沿った予定調和、みたいなのはまったくなかったですね。逆に言えば、“同じモデルでコラボレーションを継続して何十年やりました”とか、“こんなにカラー、つくりました!”とかは、効率重視でコントロールされてるいまの世の中では多分もうあり得ないだろうなとは思います。
国井さんが前回お話しされていたサンプリングというキーワードも、やっぱり“それぞれがやりたいこと”だったんですか?
国井振り返ってみるとそうだったって感じですかね。それも自然な流れだったと思います。コラボシリーズのファーストコレクションはインラインにあったMBカラー(モス/ベージュ)の素材アップデートとしてつくられていて。ブラウン/ベージュを新たに追加した2色展開となりました。
江川最初はレザーのだよね?
国井レザーはプロトタイプだけで終わっちゃいました。
江川あ、そうだっけ?
国井そのときにレザーにしたのは、当時Yoppiさんがバスクのブーツが気分だって言ってて、それでコードバンっぽいレザーシューズの感じが出せないかなってプロトでつくったんですけど、結局素材がそれぞれで変わるよりも、MBカラーに合わせてヌバックで統一した方がいいよねってことになって。
江川サンプリングしてるのもあれば、してないのもあるよね。
国井何かしらからインスピレーションを受けて再構築するっていうことをわかりやすくするためにサンプリングっていう言葉で括ってみました。サンプリングも、やる人によって重みが全然違う。Yoppiさんがデザインされたトリコロールのカラーブロッキングなんて、“トリコロール”っていうテーマで靴をつくってもミッドソール先端に赤を持ってくる人なんか多分いないと思いますしね。で、出来上がってみたら正に配色の妙とはこういう事かと。
江川僕も「真柄さん、●●●●●●をあんな風にサンプリングするの!?」って昔思いましたよ。「●●●とのコラボでやってたカラーリングを使わせてもらおう」って、涼しい顔してすごいこと言うな、って(笑)。それをマジで実行したから、普通はまず無い話ですよね。そもそも考えもつかないようなアイデアだし、サンプリングの極みだと思ってました。
江川こうやってアーカイブを見返してみると、逆にいまの気分にハマるのもあるなって。最近、80年代マウンテンバイクのカラーリングが気分みたいなところがちょっとあるんですよ。安くてウマくて… ちょうどいいみたいな。あの時代のマウンテンバイクのサドル、こんな色だったよな、とか。これも真柄さんのアイデアでしょ?
真柄そうだね。これも●●●に●●●●っていうモデルがあって。横がプラパーツになってる、ハイカットのトレッキングみたいなやつ。●●●とかの前なのかな。割と自分のなかでは、いつも元ネタが存在するんだよね。
サンプリング観として、誰も気づかないようなものもあれば、気づいてもらう面白さもあると思うんですけど、真柄さんの場合はどちらですか?
真柄どっちもですね。靴を作るのは何年スパンとかなので、その時履きたいだけのをつくっちゃってもな…、っていうのもあって。だけどそれをつくりたいって気持ちもあるし、それぞれですね。
江川隣のも真柄さんだっけ? 履き口がパープルのやつ。
真柄うん。それは●●●●とか。
やっぱりアウトドア文脈のカラーウェイですね。
真柄あ、●●●かな? ●●●以前のトレッキングシューズだったかも。
サンプリングの話ってセンシティブだから余計に面白いと思うんですけど、内外ともにネタを明かしすぎてたら実現してなかった企画もありそうですね(笑)。逆に真柄さんから見た、Yoppiさんのアイデアで印象的だったものは?
真柄う〜ん。Yoppiはとりあえずダメ元で言ってくるんですよ(苦笑)。それをテクニカルに落とし込むのがどんなに難しいか…。
江川・国井(笑)。
真柄例えばそのグラデーションのアイデアとかも、言うのは簡単だと思うんですけど。
江川これ紐もグラデになってるんだよ(笑)。見てほら、すごくない? 自分でもビックリしたんだけど。
国井(笑)。これ、実はソールもグラデーションになってるんですよ。
Yoppiさんはこういうアイデアを出すときってやっぱり…?
江川うん。ダメ元です(笑)。「前にアレつくってた時から結構時代進んでるから、いけんじゃねぇかな〜」とか思って。毎回、言うのは簡単だから。
真柄…。
国井(笑)。でも、当時を振り返ると、これをコラボレーションでやった後に、インラインでもグラデーションの「580」がゴアテックスのバイカラーで出たりしてて。Yoppiさんのチャレンジがなかったら後のそれも多分、無いんですよね。
無茶に思えても、ちゃんと後のものづくりにも良い影響を与えていたってことですね。
江川どうでしょうね。でも、みんなワガママでいいんじゃないですか?ワガママにものづくりした方が。意外と出来ないことはないんじゃないかなって。「580」にしてもニューバランスっていう会社と国井くんのしっかりしてる感じと、ぼくとか真柄さんとがちゃんとトライアングルの関係になってるから、こういう風に着地できるっていうのが良いなぁって思ってます。ぼくだけではできないですよ、やっぱり。
聞き分けの良い人のものづくりよりも、そういうワガママなアイデアの方が絶対に実現した時には楽しいでしょうね。
江川それが欲しいか欲しくないかだよね。結局は。だってコレとか、すごくないですか? コラボ用につくってもらったんですけど、〈ニューバランス〉ってどこにも入ってないんですよ(笑)。
そのラバーのパーツですか?
江川はい。ネックレスにできるように両端に穴が空いてて。言わないとわかんないと思うんですけど。
国井絵型を見て、ここに付いてるこれってなんだ…?と最初は思ったんですけど、話を聞いてなるほど、って。
江川当時このラバーの小さいの、ウチじゃつくれなかったんですよ。「ヘクティク」で服はつくれても、こういう小さいパーツは生産背景的に難しくて。だけど、このラバーのクオリティが好きだったから、〈ニューバランス〉ならいけんじゃねえかな? と思って。言い方失礼ですけど(笑)。これを車のバックミラーとかに吊したかっただけなんですよ、単純に。
国井地味なこっちサイドの話だと、シューズにロゴを入れたいけど当時のレギュレーションだと入れられなくて、内緒で刻印してるんですよ。で、それを採寸シールで隠すっていう(笑)。
真柄(笑)。
国井シールを剥がしたらロゴが出てくるっていう、そういう盲点をつくようなことばっかり考えてました。それはお二方にはとりあえずデザインに集中してもらって、大人の事情でできないことみたいなのを排除するのがぼくのパートだと思ってたから。でも、前例のないことを形にすることに関して、〈ニューバランス〉は常に協力的でした。
真柄Yoppiじゃないけどとりあえずダメ元で一回アイデア出してみて、ダメならそのときは次考えればいいのかなって感じですよね。それでも「MT580」は、大体最初のアイデアが通ったりしてたんで。後半はテーマがあったりして、つくり方がちょっと変わっていったりはしましたけど。「ストーリーが先にないとやりづらくなってきたよね」って話したりしながら。
それで今回の「MT580」は、再びサンプリングでつくろう! となったんですか?
国井 いや、最初はどうしましょうか? っていう話だったんです。で、実は今回、意外と提案が早かったのがYoppi先輩で。もう色まで付けて、最初のミーティングでバンとデザインを出してきたんですよ。
江川「当時のムードで」って言ってたから。とりあえず色付けて持っていって。
国井意外とちゃんとそこを汲んでくれてちょっとびっくりしました(笑)。でも、話してるうちに「そもそも『当時の部分』って何なんだ?」みたいなことになりまして。当時だってしっかりガチガチに何かのテーマに沿ってつくってたわけでもなかったし。そんな風に会話してるなかで、「この靴知ってる?」って、真柄さんが携帯でパッと見せてくれたのが、まさにコレ(M950)で。
一般流通してないモデルですよね。
国井ですね。真柄さんが見せてくれたのはV2でした。で、「あれいいよね」みたいな雑談でミーティングが頓挫したんですけど、「逆にコレ、いいんじゃない?」っていう会話になって。
江川満場一致だったね。で、ぼくはもう恥ずかしくなって自分の持って来た絵をそっとしまって。
国井(笑)。
真柄それは無いかな、って(笑)。
江川真柄さん、すいませんでしたって感じで(笑)。そこからはもう早かった。
国井で、ぼくは〈ニューバランス〉に対するちゃぶ台返しのプランをその場で考えて。
返しちゃったんですか? ちゃぶ台。
国井〈ニューバランス〉からは「できればデザイン的にも当時の、Y2Kのテンションでつくってくれないか」と言われたんですけど、盛大にちゃぶ台返ししました。グローバルの人たちが思ってる編集された“ミタ×ヘックはこうだ”っていうイメージと実際にやってた本人たちの意識も多分違うし、「ムードボードがあって、それでつくりました」みたいなのも過去の上澄みをすくってるだけで、本質的ではないじゃないですか。
世代やエリアが違うと、余計に象徴的な部分だけにフォーカスされるでしょうしね。
国井向こうが思うミタ×ヘックっぽさだとか、いまの人たちが表面的に編集してるY2Kのデザインや色味だとか、そんなんじゃないはずだから。大切なのは見た目じゃなくて、中身の当時らしさで、そういうオリジネーターのスタンスを今回のタイミングでも大事にしたいです、という説得はしました。このコラボシリーズで一貫してるのはそこの部分。それならキーワードはブレてないはずだと思ったので。
アウトプットを似せるんじゃなくて、当時の姿勢をなぞったんですね。
国井はい。あとは当時やりたかったけどできなかったことをやろうと。実は「ゴアテックス版の『580』をやりたい」っていうのは当時から真柄さんも言っていて。でも、ゴアテックスを搭載するにはパターンを全部新規でつくらなきゃいけなくて、耐性のテストにもすごく時間がかかるのでひとつのコラボレーションのためにゴアの申請をするっていうのが当時はできなかったんです。
このタイミングならゴアテックスにアップデートできる可能性がある、と。でも、非売品である「950V2」をサンプリングソースにするっていうのは盲点でした。
国井実は、「580」のコラボ第2弾で、Yoppiさんがデザインした“ミリタリー”っていうカラーがあったんですよ。オリーブドラブっぽいヌバックの。でも、当時も今回もぱっと出たフラッシュアイデアをどんどん詰めて、ブラッシュアップしてっていう意味では同じですね。
江川サンプルをつくるとき、Nロゴの大きさを「580」に寄せるか元ネタに寄せるか、ちょっと実験してみようとなって。最終的にいつもの「580」の小さめに寄せたんですけど、実はセカンドサンプルで大きいNロゴのバージョンもつくってて。
真柄あれは本当大変だったよねぇ(笑)。
江川うん。Nロゴ、大きい小さい問題。でも、最後は「『580』はやっぱり小さいNが格好いいな」となりました。
国井そういう部分についても、「別に大きくても小さくても、そんなに大差はないんじゃない?」みたいな心無い声もきっとあると思うんですよ。でも、つくり手にとってはそこが大事なところ。そのために実際にパターンまで変更してサンプルをつくり直してるワケで。
江川どっちも似てるかもしれないけど、やっぱり違うんだよね。
国井あと、これはぼくが個人的に今回一番形にしたかったことなんですけど、現在進行形でやられてる先輩方なので、いまのそれぞれのブランドを、きちんとインソールに刻みたかった。そこは今回のプロジェクトではマストだなと。やっぱりどうしても昔話になっちゃうじゃないですか。こういう時って。
「あの頃、良かったよね」みたいなことですよね。
国井そうですね。だけど蓋を開けてみたらこの先輩たち、昔話が一切無いなって。雑談してるときに出てくる音楽の話も本当に最新だし、最近何買った? みたいな話とか、何々が気になってるっていう話のなかでこの元ネタの話も出てきたりとか。したいなと思ったんです。それができたことは、ぼく個人のなかでは、今回のプロジェクトのなかでも意味深いことで。
江川ちゃんとしてるなぁ(笑)。
真柄(笑)。でも本当、ずっと支えてもらってます。
国井普段のぼくを知ってる人は超適当なヤツっていうイメージしか持ってないと思うんですけど、先輩たちの前では後輩なんで、ぼくが動かないといけないなって(笑)。
江川ありがとうございます(笑)。
それが20年以上続いているっていうのは素敵な関係性ですね。
国井めちゃくちゃ影響を受けた二人なので。でも、彼らがずっと格好いいからそうできるだけですよ。先輩でも、「あれ? 最近ちょっと…」と思っちゃうと関係も変わっちゃったりすると思うけど、この二人は変わらない。だから、僕も変わらないです。
江川そんな嬉しいこと言ってくれるの!? やめてよ、調子に乗っちゃうから(笑)。
LEFT
国井栄之
1976年生まれ、東京都出身。上野・アメ横の老舗スニーカーショップ「ミタスニーカーズ」のクリエイティブディレクター。本項でも触れる2000年発売の「MT580」のコラボを筆頭に、数々のスニーカーのプロジェクトやブランディングに携わってきた、今日のキックス文化隆盛の立役者のひとり。
MIDDLE
真柄尚武
1967年生まれ、東京都出身。ヴィンテージのバイヤーを経て「ヘクティク」に設立から参加。その中で、自身が率いるサウンドシステム、マスターピースと同名でブランドも展開。これまでにブランド〈M.V.P〉やセレクトショップの「A-1クロージング」など、その目利きぶりを多方面で発揮してきた。
RIGHT
江川芳文 a.k.a Yoppi
1972年生まれ、東京都出身。10代でプロスケーターとなり、22歳で立ち上げたショップにしてブランド「ヘクティク」で今日までのストリートカルチャーに大きな影響を与えた。現在は盟友、関正史さんとともに〈オンブレニーニョ〉を運営し、〈エクストララージ〉のディレクターも兼任している。