Reebok CLASSIC × HOUYHNHNM 「RE-MAG」

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Text_Masahiro Minai
Edit_Hiroshi Yamamoto

1895年 - 一人の青年が画期的なアイディアを生み出した

1900年 - 事業としてスパイク作りを行うことを決断する

1924年 - フォスター社のスパイクを履いて金メダルを獲得

1958年 - ジョセフの孫たちがリーボック社を設立する

1979年 - 最大のマーケットであるアメリカへ本格的に進出

1982年 - アメリカ市場で快進撃がスタート

1983年 - 足を包むようなフィット感をランナーに提供

1985年 - リーボックが誇る機能性を1足に凝縮

1987年 -「エイリアン2」に登場したシューズを限定販売

1989年 - シューズと足のカスタムフィットの実現に成功

1990年 - 高機能とインパクトあるデザインを絶妙に融合

1991年 - 全米が彼のポンピングに注目することとなった

1991年 - マイケル・チャンの軽快なフットワークを支えた

1992年 - フリースタイル誕生から10年の大きな節目を迎える

1994年 - その斬新なデザインとカラーリングに注目が集まった

1996年 - 稀代のバスケットボールプレーヤーと契約

1997年 - クッショニングの分野でも優位に立つために

2014年 - インスタポンプフューリーが完全復刻される

2014年 - ポンプテクノロジーが25周年を迎える

2015年 - 日本初となるリーボック クラシックのコンセプトストアがオープン

 
1895年 - 一人の青年が画期的なアイディアを生み出した
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イングランド中部の小都市、ボルトン。この街の健脚自慢が集まったクラブ「ボルトン プリムローズ ハリヤーズ」に所属していたジョセフ・ウイリアム・フォスターは(2列目の右から3番目)、より速く走るために画期的なアイディアを思いつく。それが「靴底に釘を打ち付けたら地面をしっかりと噛んで早く走れるのでは!?」というもの。早速試してみると、このアイディアの効果は素晴らしく、今までにないスピードをフォスター青年に与えることとなった。

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1900年 - 事業としてスパイク作りを行うことを決断する
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ジョセフ・ウイリアム・フォスターが自作した世界初のスパイクシューズは、地元ランナーの間で評判を呼ぶと、彼のもとには「俺にも同じものを作ってくれないか?」という依頼が続々と舞い込むことに。1900年、フォスター青年は本格的な事業としてスポーツシューズ製造を行うことを決断する。こうして「ランニングパンプス」と命名されたフォスター青年のスパイクは徐々にイギリス中のアスリートの間でその名を知られることとなる。

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1924年 - フォスター社のスパイクを履いて金メダルを獲得
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フォスター社のランニングパンプスは世界最高のスポーツの祭典でもその機能性の高さを証明する。1924年に行われたパリ五輪において、同社のシューズを履いたハロルド・エイブラハムスとエリック・リデルがフォスター社の陸上スパイクを履いて金メダルを獲得。このストーリーは1981年に公開されたイギリス映画『炎のランナー』として、現代に紹介されている。写真は〈リーボック〉のスパイクを履いて110mハードルに出場したデヴィッド・バーリー。

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1958年 - ジョセフの孫たちがリーボック社を設立する
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ジョセフ・ウイリアム・フォスターの孫であるジョセフとジェフリーが会社名を〈リーボック〉に変更する。「リーボック」とはアフリカに棲む足の速いガゼールの一種のことで、アスリートに最高のパフォーマンスを発揮させることに貢献する同社にピッタリなネーミングであった。この頃にはサッカーなどランニングカテゴリー以外にも進出しており、同社は徐々に総合スポーツシューズメーカーとして知られるようになった。

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1979年 - 最大のマーケットであるアメリカへ本格的に進出
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スポーツの見本市でアメリカ人のアウトドア用品ディーラーのポール・ファイヤマン(写真左)が〈リーボック〉に興味を持ち、アメリカにおける販売権を獲得すると、本格的に同マーケットにおける展開がスタート。それ以前にもアメリカ市場で〈リーボック〉は販売されていたが、彼との出会いが世界最大のスポーツシューズマーケットで飛躍する大きなキッカケとなったのである。
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1982年 - アメリカ市場で快進撃がスタート
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1982年に柔軟で薄手の衣料用天然皮革であるガーメントレザーを使用したエアロビクスシューズ「フリースタイル」が全米で大ヒット。足を包み込むような快適な履き心地を確保したこのシューズは、エアロビクス愛好家だけでなくオフィスワーカーの通勤用シューズとしても人気となり、〈リーボック〉がアメリカ市場で躍進することに大きく貢献した。

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1983年 - 足を包むようなフィット感をランナーに提供
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足を包み込むようにフィットし、快適な履き心地を提供するガーメントレザーは、ランニングシューズにも採用された。それが「クラシックレザー」。フィット感に優れたアッパー、オンロード、オフロードの両方で高いグリップ性を発揮するアウトソールを組み合わせることで、ランニングシーン、カジュアルシーンの両方でヒットした。

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1985年 - リーボックが誇る機能性を1足に凝縮
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「GL 6000」はアメリカへの本格進出以降、アメリカ主導で企画が優先されたランニングシューズ。異なる密度のミッドソールを組み合わせた「リーバウンド(ReebokとReboundを組み合わせた造語)」のテクノロジーは、クッション性と安定性を高い次元で両立することにより、ランナーに快適な走行性能を提供することに成功していた。
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1987年- 「エイリアン2」に登場したシューズを限定販売
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1986年に全米公開されたジェームズ・キャメロン監督の映画『エイリアン2』においてシガニー・ウィーバー扮するエレン・リプリーが履いていたシューズを〈リーボック〉が市販化。それが「エイリアンスタンパー」。バスケットボールカテゴリーの「BB6600」をベースにしたこのモデルは、アメリカにおいてフットロッカーなどで少数が限定販売されただけだったので、スニーカーマニアと映画ファンの間で激しい争奪戦が繰り広げられた。

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1989年 - シューズと足のカスタムフィットの実現に成功
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アッパー内部の空気室に適量の空気を注入することでシューズと足をピッタリとフィットさせることに成功したバスケットボールシューズの「ザ・ポンプ」が1989年の年末商戦に登場。良好なセールスを記録したポンプテクノロジーは、クロストレーニングやエアロビクス、テニスといったバスケットボールカテゴリー以外にも搭載され、スポーツシューズ業界におけるフィッティングテクノロジーの代名詞となった。
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1990年 - 高機能とインパクトあるデザインを絶妙に融合
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エアロビクス&フィットネス、テニスといったカテゴリーのシューズと比較すると、その高い機能性を充分にアピールできていなかった〈リーボック〉のランニングシューズ。そんな状況を打破すべく登場したのがベンチレーター。通気性、安定性、クッション性といった機能性にプラスして、インパクトのあるデザインもミックス。それまでの〈リーボック〉のランニングシューズと比較すると、その存在感を大きく向上させることに成功した。

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1991年 - 全米が彼のポンピングに注目することとなった
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1991年のNBAオールスタースラムダンクコンテストにおいてボストン・セルティックスのディー・ブラウンは最後の目隠しダンクを始めとした独自性のある試技で観衆を魅了して優勝を飾ったが、彼はもうひとつのパフォーマンスでも大きなインパクトを残している。それは彼が試技の度に履いていた「ポンプオムニゾーンII(現ポンプオムニライト)」をポンピングしたこと。この模様は全米に生中継され、その後このモデルは大ヒットした。
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1991年 - マイケル・チャンの軽快なフットワークを支えた
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ポンプテクノロジーはテニスカテゴリーにも搭載され、「ポンプ コートビクトリー」がリリースされる。このフィッティング性に優れた高機能テニスシューズはマイケル・チャンを魅了し、彼のスピーディなフットワークをサポートすることに成功。マイケル・チャンは、世界各地のトーナメントで優秀な成績を収めることとなる。

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1992年 - フリースタイル誕生から10年の大きな節目を迎える
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〈リーボック〉が大きく飛躍するきっかけとなった「フリースタイル」が登場してから10年。このモデルを始めとした‘80年代に登場したベーシックなモデル群は全世界のカジュアルシーンにおいてマストアイテムとなっていた。
〈リーボック〉はこの頃から強化していたパフォーマンスモデルのために「ベクターロゴ」と呼ばれるニューロゴを発表。それとほぼ同じタイミングで〈ライフスタイルライン(リーボック クラシック)〉を発表し、スポーツシューズ業界でいち早くパフォーマンスコレクションとカジュアルコレクションの明確に区分し、カテゴライズした。

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1994年 - その斬新なデザインとカラーリングに注目が集まった
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「インスタポンプ」とは空気室自体がアッパーの一部となっており、専用のインフレーターで圧縮炭酸ガスを注入して、その名の通り瞬時にカスタムフィットすることが可能なポンプテクノロジーの進化版
この「インスタポンプフューリー」が登場するまではマイケル・チャンらトップアスリート向けのプロモーション用途の印象が強かったが、このモデルあたりから一般販売を意識して商品開発。インパクトのあるデザインとカラーを組み合わせることで、ストリートシーンにおいても大ブレークすることとなった。

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1996年 - 稀代のバスケットボールプレーヤーと契約
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1996年のNBAドラフト全体の1位で指名されたアレン・アイバーソン。早い段階からその運動能力の高さで注目されていたが、〈リーボック〉はこの有望プレーヤーと契約。周囲の「本当に大丈夫なのか?」という疑問の声を逆に利用して彼のためのシグネチャーモデル第一弾は「クエスチョン」と命名され、ルーキーシーズンから素晴らしい成績を収めて新人王に輝くなど、しっかりと答えをだした彼のために、〈リーボック〉は第二弾モデルからモデル名を「アンサー」に変更した。
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1997年 - クッショニングの分野でも優位に立つために
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ガーメントレザー、ポンプテクノロジーなどフィッティングに関しては高い評価を得ていたが、クッショニングに関してはしっかりとしたテクノロジーを発表し、トップアスリートから高い評価を得ることに成功していたものの、一般ユーザーにはわかりづらいという声も多かった。
そんなイメージを払拭することに成功したのが1997年に発表された「DMX10テクノロジー」で、空気の移動による高レベルでの衝撃吸収と反発のコンビネーションは「履いてすぐに体感できる!」と評判になった。
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2014年 - インスタポンプフューリーが完全復刻される
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発売から20年近く経過しても決して新鮮さを失わなかった「インスタポンプフューリー」。その存在感のあるデザインはストリートシーンで高い人気をキープし続けており、数えきれないカラー&マテリアルバリエーションがリリースされていた。
そんなインスタポンプフューリーだが、スペックには前期版と後期版があり、それまで復刻されてきたのは後期版のほうで、前期版は一度も復刻されていなかった。しかしながら誕生からちょうど20年が経過した2014年、前期版スペックを採用してデビューカラーが完全復刻された。

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2014年 - ポンプテクノロジーが25周年を迎える
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〈リーボック〉のポンプテクノロジーは1989年の年末に発表されたバスケットボールシューズである「ザ・ポンプ」に初搭載されたが、2014年に記念すべき25周年を迎えた。アッパー内部の空気室に適量の空気を注入して足とシューズをカスタムフィットさせるという仕組みは単純明快だが、その製造には高い技術力が要求される。

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2015年 - 日本初となるリーボック クラシックのコンセプトストアがオープン
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〈リーボック〉が誇る歴代の名作を中心に展開するカジュアルラインである〈リーボック クラシック〉は、過去のアーカイブと現代のトレンドを巧みにミックスすることで、現在ではワールドワイドで高い人気を獲得するコレクションとなった。そんな〈リーボック クラシック〉の最新ラインナップが一同に介する「Reebok CLASSIC Store Harajuku (リーボック クラシック ストア 原宿)」が原宿キャットストリートにオープン

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リーボック アディダスグループお客様窓口

電話:0570-033-033(平日9:30〜18:00)
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