『東京スニーカー史』小澤匡行に聞くNEW BALANCE 576のスペシャリティ─30周年アニバーサリー

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1988年の登場から、今年で記念すべき30周年を迎えた「576」。デビュー以来、多くのファンを虜にしてきた500番台のオフロードモデルは、ニューバランスきってのカラー&マテリアルバリーエションを誇り、やがて街でも支持されるようになった。そんな稀代の名作が歩んだ30年を、『東京スニーカー史』の著者である小澤匡行氏とともに考察する。

  • Photo_Satomi Yamauchi
  • Text_Yasuyuki Ouchi

M576 ¥26,000+TAX

小澤匡行/フリーエディター・ライター
1978年生まれ、千葉県出身。今はなき伝説のストリート誌『Boon』でライター業をスタート。現在は編集・ライターとして『MEN’S NON-NO』、『UOMO』(集英社)等の雑誌やカタログ、広告などで活動。2016年に『東京スニーカー史』(立東舎)を上梓、近著に『SNEAKERS』(スペースシャワーネットワーク)の日本語監修など。

流行に左右されにくい「576」。

(手前)CT576 ¥24,000+TAX、(奥二つ)OM576 各¥28,000+TAX

小澤さんは、著書『東京スニーカー史』を読めば一目瞭然、プロダクトの知識や歴史的な流れを捉えることに長けていらっしゃると思うのですが、そういった観点からみると、この「576」はどういった存在だと考えていますか?

小澤993、992、990のように進化の系譜含めて評価されている品番が多いのが〈ニューバランス〉の特徴だと思いますが、そのなかでも「576」は、単品のバリエーションを大事にしてきたモデルだったのではないでしょうか。どんなに「1300」の人気がすごくても、結局は5年に一度のタイミングでリリースされる復刻モデルでの盛り上がりに過ぎない部分もあります。しかしながら、「576」は常に豊富なバリエーションを展開し続けてきたことで、幅広いフィールドで認知されてきた品番だと考えます。

確かに、〈ニューバランス〉というブランドの中にありながらも、少しインディペンデントな品番でもありますよね。ブランド自体の流行に左右されないというか、「576」ファンは、あくまで「576」ファンであって、ニューバランスファンとは少し趣が異なるというか…。

小澤そうですね。1988年に初登場し、翌年にはアメリカのスニーカーショップ「フットロッカー」で8色ほど限定モデルがリリースされました。こういった戦略や広がり方は、〈ニューバランス〉ではあまり例がないので、面白い存在だなと思います。

その後、90年代に入ると日本でもブレイクしました。

小澤実際に雑誌『Boon』などでも頻繁に取り上げ始めたのは、96年頃からだったと記憶しています。ですが、それ以前に、スチャダラパーが1stアルバム『スチャダラ大作戦』で履いていたり、藤原ヒロシさんが紹介していたりと、業界内でのブレイクの兆しはあったようです。また、「576」は、SL-2という少し幅広なラストを採用しています。同じラストを「1300」でも採用しているのですが、世代(渋カジ世代など)によっては「1300」からの流れで、同じようなフォルムの「576」を愛用していた人たちがいたのかもしれません。ただ当時は僕も小学生だったので定かではありませんが(笑)。個人的に肌感として覚えているのは、ヒップホップカルチャーと裏原です。原宿では当時「ブルース」が、渋谷ではMUROさんが、様々な媒体でピックアップしていましたよね。

そうですね。90年代後半から2000年代にかけて流行したストリートシーンでのマストアイテムだと、認識している方は多いと思います。一方で、日本企画で登場したコードバンも一大旋風を巻き起こしました。

小澤はい。「576」は当然スニーカーですが、時として革靴的に解釈される部分があります。というのも、「576」人気のサイクルが革靴と一緒だからです。「576」の歴史を振り返ると、スニーカーブームが下火になってくると盛り上がる。90年代半ばのハイテクスニーカーブーム後もそうですし、ストリートブームに陰りが見え始めた2000年代半ば~後半の頃もそうでした。そういった歴史からみると、少し今と近い感じもしますね。

スーツにも合わせられる。

90年代と2000年代とでは、取り入れ方に違いはありましたか?

小澤2000年代後半は、僕自身もストリートファッションに取り入れるよりも、キレイめな装いに合わせる履きこなしに憧れていました。90年代のブームとは違い、2000年代後半になると、ストリート的解釈とドレッシーな解釈に2極化されていきます。ユナイテッドアローズなどの提案もあり、ジャケットにスニーカー、引いてはスーツにスニーカーという組み合わせが生まれてきた頃でもあったので、自然と「576」も、そういったポジションになっていったのだと思います。

その後の「576」は、UK製というイメージが強いと思いますが?

小澤僕も取材に訪れたことのある英国のフリンビー工場で、現在は生産されています。かつて革靴を作っていた工場ですので、アメリカの工場に比べると手作業でゆっくりと丁寧につくられているイメージです。なので、ここ数年は、より革靴のような印象が強くなりましたね。

そして30周年を迎える今年の3月、88年デビュー当時の初代モデルが復刻されます。こちらの印象はいかがでしょうか?

小澤当時はUS製だったので、UK製というのがポイントだと思います。もちろんラストも同じですし、つくりも踏襲されているので、大きな違いはないはずですが、前述した通り、UK製ということで、吊り込みの工程などの微差により少しだけ趣に上品な匂いがしますね。

その他、コートスタイルのCTなども、新たに登場します。

小澤フラットなソールは大人な人に支持されそうですね。「576」のアッパーに、革靴のようなフラットソールというハイブリッドな組み合わせは至極真っ当だと思います。

最後に、今後の「576」についてもお聞きできますか。

小澤デビューから最初の10年は別注などを皮切りにした豊富なバリエーションで魅了し、次の10年は500番台特有のボリューム感がストリートシーンにマッチ、そしてこの10年はキレイめにも合わせられる革靴のように解釈された、そんな「576」の30年だったと考えています。これは「576」だけに限らず、NB全体にも言えることですが、まずネイビー、グレー、ベージュという基本軸(カラー)がしっかりとしています。だからこそ、「576」は普遍的な革靴のように捉えることもできますし、軸がしっかりしているからこそ、様々なカラーやマテリアルのバリエーションも生きてくるのでしょう。そんな「576」には、いつまでも唯一無二の存在でいて欲しいですね。